不動産賃貸業界において、賃貸取引における重要事項説明書等(35条、37条書面)の電磁的方法による交付(以下「電子書面交付」と表記)を実現するための法改正が本格的に検討されています。この法改正が現実になったら、不動産賃貸業務にどのような影響を及ぼすのでしょうか。また、今のうちからどのような準備を進めることができるのでしょうか。弁護士ドットコム株式会社 クラウドサイン事業本部 高橋佐和さんにお話を伺いました。
弁護士ドットコム株式会社 クラウドサイン事業本部 | 高橋佐和様
大手ERPベンダー入社後、上場企業に対する基幹システムの導入支援・保守運用業務等に従事。2018年より弁護士ドットコム株式会社クラウドサイン事業本部に入社後は、中小企業から大企業まで幅広くセールス活動に従事後、マーケティング部門にて幅広くクラウドサインの提案活動を行なっている。
法改正が不動産賃貸業界に及ぼすメリットとは
− はじめに、これまでの不動産賃貸業界におけるDXの流れをおさらいしたいです。
「不動産賃貸業界においてはDXが叫ばれる一方で、宅建業法によって肝心の契約が完全電子化できないという課題がありました。2017年にIT重説が導入されたものの、重要説明事項を記載した35条書面と、契約内容を記載した37条書面は書面で交付する義務が定められているため、結局これらの書類は手書き・郵送などをする必要があり、かえって手間になることもあるくらいでした。
そんななか、令和元年10月から12月にかけて賃貸取引における電子書面交付の社会実験が実施されるなど本格的に法改正が検討され始めました。その後、新型コロナウィルスの影響で政府主導でのIT化が急加速したことも相まって、いよいよ法改正も間近なのではと思われる現況に至りました」
− 「電子書面交付」が可能になれば、不動産賃貸業務にはどのような変化がおきますか?
「2017年に始まった『IT重説』との合わせ技で、不動産賃貸契約を完全オンラインで完結させることができます。従来型のお部屋探しは、気になる部屋の内見をするために不動産屋さんへ行き、契約時には審査に必要な項目を紙に記入して印鑑を押して提出し、重要事項説明を店舗で受けて、さらに契約書類への記入・捺印……と多大な手間がかかっていました。
法改正され完全電子化ができるようになると、オンラインでの内見、オンラインでの申込受付、IT重説、電子契約……と一連の手続きがオンラインで完結します。スマートフォンとメールアドレスがあればWEB上で完結できるため、不動産会社にとっては業務効率化に、入居希望者にとっても利便性向上につながる、大きな変化がおきます」
− 完全電子化で、ほかにもメリットは生じるのでしょうか?
「不動産業界に限りませんが、社員のテレワークが一層しやすくなりますし、業務効率化によって、人件費の削減につながるケースもあると思います。また、これまで契約書を郵送で送っていた場合は、郵送代・紙代・印刷代を浮かせることができます。
入居希望者側のメリットとしては、店舗に行く必要がなくなれば、重要事項説明を受けたり契約をしたりする日程の選択肢が増えるなど、引っ越しなどでやることが多い時に、手続きが柔軟にできるというのが大きいのではないでしょうか」
− 弊社が運営するお部屋探しサイト『OHEYAGO』でも、オンラインでの内見やIT重説があるおかげで、昼休みなどの隙間時間を有効活用できたという感想が寄せられています。入居希望者様にとって、大きなメリットですね。
「そうした、お客様側の時間・費用コストを完全電子化によって軽減することができれば、セールスポイントにもなると思いますね」
今から準備できることは何? トラブルの懸念は?
− 法改正も近いのではと予想されるなかで、今から準備できることがあれば教えてください。
「まずは申込書や賃貸借契約・重要事項説明をクラウドサインのような電子契約で取り交わせるようにデジタル化しておく必要があります。といっても、難しく考える必要はありません。書類はエクセルやワードで作っておけば大丈夫です。
あとは、環境の整備です。お客様をオンラインで接客する場合は、ビデオ会議システムや安定したインターネット接続環境が必要になります*」
*編集部注
宅建業法第35条第1項では、IT重説をするには次の環境条件を満たしている必要があると定められています。(一部抜粋)
”図面などの書類および説明の内容について十分に理解できる程度に映像を視認でき、かつ双方が発する音声を十分に聞き取ることができるとともに、双方向でやりとりできる環境において実施していること。”
「もう一点大切なことが、電子契約に慣れておくことです。法改正を待たずとも、賃貸物件の更新・退去の手続きや、駐車場の賃貸借契約、内装会社や施工会社との請負契約などはすでに電子化が可能です。まずはそこから、電子契約を取り入れておくと、導入がスムーズになるのではないでしょうか」
− ありがとうございます。ところでIT化には便利さがある反面、何らかのトラブルの懸念はないのでしょうか?
「IT重説の社会実験を行なっていた際の国土交通省の調査結果によると、IT重説におけるトラブルは実質0件*であったと報告されています。母数が25,000件ほどある中で0件ということなので、電子契約においても大きなトラブルが起こる懸念は低いと考えられます」
*編集部注:取引にかかるトラブルの有無については、説明の相手方の1.4パーセントが「あり」と回答したものの、「あり」と回答した方へトラブルがIT重説を原因としたものか尋ねたところ「いいえ」回答が100%であった。(国交省「IT重説実施6か月後のアンケート結果」PDF p.3より)なお、登録事業者向けアンケート、貸主及び管理会社向けアンケートでは100パーセントが「トラブル無し」と回答した。(国交省「IT重説実施6か月後のアンケート結果」PDF p.5、7より)
増え続けるリーガルテックの需要
− 御社の提供するクラウドサイン(Web完結型クラウド契約サービス)は、2015年10月のリリース以来急速に導入社数を伸ばし、現在は14万社が導入されています。紙・判子文化が根強いと言われていた日本において、なぜここまで浸透したのだと思いますか?
「日本初の電子契約サービスとして誕生したクラウドサインは、弁護士ドットコム株式会社が運営しています。日本の法律について深い理解と知見をもち、弁護士が監修しているという点から安心・信頼を寄せていただいたのだと思います。特に新型コロナウィルスの感染拡大をきっかけに、政府主導で『対面・書面・押印主義』の見直しが推進され、ニーズがさらに跳ね上がりました。
不動産業界に限らず、DXはもともと業務の効率化、生産性向上、働き方改革という文脈で語られることが多かったのですが、アフターコロナ・ウィズコロナにおけるDXは、出社を前提としない働き方を模索する趣旨が強くなっているようです。『はんこ出社』という言葉が話題になりましたが、契約業務に関してはいまだ紙と印鑑で行なっているところも多かったため、テレワークのネックになってしまっていました。契約関連の電子化が実現すれば、災害やパンデミックなどの “いざというとき” にも、スムーズな契約に対応できる事業を停滞させない体制を維持することができます」
− これからもリーガルテックの需要は増えていきそうですね。今後の展望はどのようなものなのでしょうか?
「クラウドサインはあらゆる契約プロセスを電子化するサービスですが、契約業務は前後にもさまざまなものがあります。たとえば契約書データを自動で読み取り管理できる『クラウドサインAI』の機能では、契約書作成の段階で契約書の内容をレビューしたり、過去の契約書の内容をもとに新たな契約書の作成をサポートしたりすることが可能になります。契約後においては、締結した契約書から契約の期限や更新日を自動で読み取り、更新日が近づくとアラートで知らせてくれる機能もあります。こうした機能を活用することで、業務効率化だけでなく、信頼性の向上にもつながります。
また、これまで紙で契約書の管理・保管することでブラックボックス化していた契約書類が、データとして蓄積されることによって、法務部門などによるデータを活用した経営にもつながります」
− なるほど……! わたしたちも現在すでに『電子契約くん』で御社のサービスと連携していますが、今後もますます目が離せないということがよくわかりました。リーガルテック×不動産業界でどのような未来を切り開いていけるか、とても楽しみです。